厨二病学園、それは我々に残された最後の楽園(Last of Eden)

皆はあるだろうか
悪魔を召喚するため、カーペットの裏一面に魔法円(魔法陣ではない)を書きなぐったことが。

 

皆はあるだろうか
漫画で読んだ魔術理論に対して納得がいかないと、五行陰陽の考え方まで引っ張り出してきて新理論体型を組み立てたことが。

 

大人になってから思い返したら、のたうち回って死にたくなるとは露ほど知らない中学生のGipsyは、余暇の殆どを偏った神話の知識の習得と”世界”に対する考察につぎ込んでいた。

 

 

そんな中学時代から10年が経過したものの、厨二病の残滓は確かに”俺”の胸の中にくすぶっていた。
厨二病を捨て、女子からの評判に迎合して生きていくのが正解なのか?(女性差別はNG)
そう自問自答していた俺と、”コイツ”が出会うのは運命だった、そう思える出会いが先日あった。

 


厨二病学園シリーズ

 

 

そう厨二病学園シリーズである。

 

内容は
厨二病であればあるほど権力を持つという学校に入学した至って平凡な少年が、入学初日に運悪く”そうとう拗らせている”と噂の副会長とぶつかってしまったことから戦いに巻き込まれていく・・・
というもの

 

制作しているのはぺーたーずというチーム。ジラフ監督が脚本を務め、しみさんが映像と編集をしている。

1分程度の動画なのだが、元厨二病の人間がこの動画を見ると胸を掻き毟るような恥ずかしさがこみ上げてくる。
なぜ中学時代はこれを恥ずかしいと思わなかったのだろうか・・・

 

それでもついつい全部見てしまうのは、このチームが”分かってる”人達だからだろう。
全中学生の妄想を煮出した様な動画は厨二指数が高かった人間ほど強く突き刺さる。

 

この動画を見ていると過去の自分が黄泉返って復讐している様な気さえもする。
中学生の俺よ、自分の技の名前にやたらとインフィニティとエンドオブとサウザンドを使うな・・・

 

 

俺は設定厨だったので体に絵を書いたり包帯を巻いたりはしたことなかったが、もしそのレベルの”到達者”がこの動画を見たらどうなってしまうのか・・・

 

3つの魅力

そんな厨二病学園シリーズが面白い理由をもう少し細かく書いてみようと思う。
この動画の魅力は大きく分けて3つあると思っている

 

 

それは解像度の高さと、登場人物のポジション、そしてカメラワークとCGを使わないというところである。


圧倒的な解像度

我々”元厨二病”はその頃、その”世界”を生きていたのだ。
だから”紛い物”は一瞬で見抜けるし、何より”ニオイ”でわかる。
この作成者達はホンモノだ。

 

12は絶対、拾弐と書くし、デーモンズではなくデモンズなのだ。
そこには明確な違いがあり我々のRock ‘n’ Rollなのである。

 

 

それでいて”失墜する堕天の翼”というフレーズ、意味被りまくりなのだが厨二病というのはそういうものである。
雰囲気が良ければよいのだ。
その辺りは厨二男子のバイブル、ブリーチを読んでもらえれば大筋はつかめると思う。
意味など無いのだ、あるのはただ何となくのかっこよさと、分かりそうで分からない文字列なのだ。

 

 

書くとキリがないが移動するときの歩き方は当然、振り返るときのタメ、行動の細部に至るまでが厨二病で構成されている。
”冗談だろ。動き全てが厨二病だぜ。”ということだ。

 

 

上でも書いたが、あの頃のリアルがそこにあるからこそ胸を掻き毟るような恥ずかしさを感じていても目を話すことが出来ないのだろう。

 


登場人物のポジション

 

このお話には厨二病グループと、解説者、主人公(非厨二病)がいる。
登場人物全員が妄想の産物であると言うのが今回の動画の本質ではないかと俺は思っている。

 

そうなってくると注目したいのは解説者と主人公である。
解説者は厨二病であるからこそ、”あの”ポジションに身を置いているのだ。

 

 

俺は普通の能力者ではなく、一歩引いたところで存在感を出す。
そんな妄想をしていた者も多いはず。
彼のような存在こそが一歩こじれた厨二病の姿なのだ。

 

 

また主人公の存在は更に踏み込んでいて、無自覚な強者の姿なのではないかと思っている。
最高レベルの能力者たちの戦いの中に身を置きながらその影響は全く受けない、かつまるで常識人のように突っ込む姿は一番の重症患者のように俺の目には映る。

 

もはや何言ってるのかよくわかんないかもしれないが、得てして厨二病とは自分を大きく見せるために他者とは違う捉え方ができるんだぜwというアピールをしがちである。

 

つまりはそういうことである。

 


カメラワークとCGを使わない

能力バトル物にも関わらず、最後の消えるところ以外ほぼすべての演出をカメラワークと早送りのみで表現している今回の作品には意図があると思っている。

 

それは”心の目”を開けということ。
自分が妄想の世界に浸っているときは自分の右腕には闇の波動がほとばしっているし、目の前の敵は禍々しいオーラや強力なエフェクトを伴った魔法を放ってくる。
それらはすべて我々の”心の目”を通して見えているものなのだ。

 

この作品はここで問うているのだ。

 

貴様はどちらの人間だ?
何歳になっても心の目を通して自分の世界に浸ることができるのか?

 

 

あの頃に培った、貴様の心の炎は今どうなった。
社会の荒波や他人の目を気にして縮こまって生きているのではないか?

 

 

中学のときの妄想は本当に自由だった。
周りがなんと言おうとも自分自身の中から溢れてくる価値観に従い、自分自身のカッコイイを持っていた。
今はどうだろう。お仕着せの価値観に、お仕着せのかっこよさ。そういったものに縛られている自分は居ないだろうか。

 

もちろんダークネスなフレイムで嫌いな上司を焼き払うことは出来ないかもしれないが、それでも自分の中の価値観であったりかっこよさは無くしたくないものである。

 


以上、長文にお付き合いいただき感謝する。

 

Gipsyは中学校の時とは毛色の違う厨二病真っ最中である。
漫画の主人公のように生きていきたいし、自分の人生の夢も諦めたくない。
でもふとしたときに現実に戻って、無理なんじゃないか、必死になってダサいんじゃないかと思ったりもする。

 

自分の理想に現実が追いつきそうになるときこそ、物語の出番なのだ。
理想はなんだ、本当にやりたいことはなんだと主人公たちは問いただしてくれる。

 

厨二病学園シリーズにも非常に元気づけられた。
本当にありがとう。

 

スタッフクレジットはこちら
脚本 ジラフ監督
撮影、編集 しみさん
出演者 きょーへいさん
    ゆでたまごやすいさん
    たにさん

 

 

 

 

 

https://twitter.com/Gipsy63417847
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