「生きるのって、楽しい!」を伝えるアフリカンペイントアーティストSHOGEN

 

「覚悟を決めたら世界が変わり、運を引き寄せた」

 


「生きるのって、楽しい!」を伝えるアフリカンペイントアーティストSHOGEN

◊目次◊
・サラリーマンから画家に転身
・自分の運命を試したかった
・幸せ三箇条と村の掟
・命との向き合い方
・子供は小さい大人

吉田ママです。アーティストSHOGENの取材をしました。
話していても、凄く生きるパワーを感じるというか、覇気?圧を感じるな~と思ってたんですが…

( ゚д゚)ハッ!SHOGEN瞬きしていない!!!

「まばたきは…?」と聞くと
「あぁ、これなぁ、アフリカで癖になってしまったんよ。狩りするときにまばたきすると動物に逃げられるから(笑)」

SHOGENは、アフリカで何を学び帰ってきたのか、
明日の命が約束されない村で、人と向き合い、孤独と向き合って、画家としての使命が見つかったという。
覚悟を決めた時、運命の歯車が大きく回り始めた…
SHOGENが、命を懸けて、生涯やり抜くと決めた事とは?


サラリーマンから画家に転身

まず、SHOGENは美大出身ではない。画家を志して生きてきたタイプでもない。

大手化粧品会社に勤めている中、雑貨屋さんで出会った一枚の絵ハガキに思いがけずに出会った。
背景が夕焼けの動物の絵。ティンガティンガというペンキ画だった。
その絵にすごく癒され優しい気持ちになれたSHOGENは

「これしかない!!!!」と当時思った。

たった一枚の絵出会いに衝撃を受けてその日のうちにアフリカ行きのチケットを手配し、翌日に会社を辞めた。

自分の運を試したかった

何のツテもコネクションもないままに、単身アフリカに乗り込んだSHOGEN。
不安はなかったという。親には反対されたが、命を落とすかもしれない覚悟もして後悔のない人生を生きたいと思ったのだ。

「人生70年程ある中で、一年くらいチャレンジしてもいいやん」

絵描き職人の集まるティンガティンガ村に行って1年間、絵を学ばせて欲しいと申し出たところ、ノエル・カンビリという師匠に出会い
「うちに来ないか?」と誘ってもらう。

条件は3つ

1:狩猟すること

2:現地の言葉を話す事(※スワヒリ語)

3:ちゃんとお金を払う事

ということで、アフリカで絵の師匠と出会い、弟子入りするのであった。
本来弟子はとらないティンガティンガ村でこの出会いそのものが奇跡であり、運命だとSHOGENは感じた。

幸せ三箇条と村の掟

カンビリ先生の家(ブンジュ村)に招かれたが、
村長の奥さんに「この質問のあなたの答えによって村で受け入れるか否かを決める」と言われたSHOGEN。

その質問とは…

ーもしこの世にお金というものがなくなったらあなたは生きていける人間ですか?

 

紙幣が価値を持たなくなった時に、あなたがどれだけ今まで愛を持って人に接してきたかで生きていけるか生きていけないかの時代がくる
と村長の奥さんから告げられ、それに対してSHOGENは「生きていけます」と答えた。

「わかった。じゃぁ受け入れましょう」と村長の奥さんがみんなに頭を下げてくれて、ブンジュ村で暮らせる事になった。

その後村長がやってきて、村の幸せ三箇条をSHOGENに教えてくれた。

第一条:毎日三食ご飯が食べれること

第二条:ただいまと言うと、おかえりと言ってくれる人がいる

第三条:抱きしめられると暖かいと感じられる心がある。

どえらい村に来てしまったなぁとSHOGENは当時感じたという。

命との向き合い方

ある日ブンジュ村で出会った友人が亡くなったという。
ダンスクラブの前でたまたまギャングの抗争に巻き込まれ、殴り殺されてしまったのだ。

その友人のお葬式に行ったSHOGEN
涙を流して泣いていたら、大人20人位に囲まれ

「何で泣いてるんだ」と怒られてしまった。

SHOGEN「何で怒られなあかんねん」

「SHOGENは亡くなったその友人に真剣に向き合えなかったから後悔の涙を流しているんでしょ?」

そんな風に見られていたことに、ショックを受けるSHOGEN。

「この村では明日の命が約束されていない。だから真剣に向き合いなさいよって言ったのに、SHOGENは出来なかった。今から真剣に向き合えないんだったら、この村から出て行きなさい」

SHOGEN「え、なんで…」

「それは子供にとってよくないから」

心をグサグサにやられたSHOGENは家に帰り、出来事をカンビリ先生に話すと予想もしない答えが返ってきた。

カンビリ「なんでこのブンジュ村の人々が精神的に豊か分かるか?」

SHOGEN「なんでですか?」

カンビリ「電気がないからだよ」

SHOGEN「は?」

カンビリ「日本とか先進国には、電気があるから、夜も読書が出来る、いつでもだれとでも連絡が取れたりするだろ?ここでは夜、明日誰に会おうか、どんな言葉をかけようかと考えて生活しているんだ。その人を想う時間こそが、幸せなんだよ。SHOGENは一日の中で誰かを想う時間は今までの生活でありましたか?」

と聞かれSHOGENは何も答えられなかったという。

カンビリ「やりたいことが見つからない・どうなりたいかがわからないっていう人がいると、先進国の人は、こんな人に会いに行ったら良いとか、こういう人に話を聞いてみたら?となるかもしれないが、このブンジュ村では孤独と向き合いなさいと教えているんだ。自分の中の信念や、大切にしている人の顔が出てくる。その中に答えがあるんだよ。先進国の人が心が豊かになりたければ一日に電気を二時間なくしたらいい。」

そこからSHOGENは孤独と向き合うようになった。
孤独と向き合った時に、村の子供たちの顔が浮かんできた。
そこで、子供の幸せな瞬間を絵に描こうと思って今のスタイルが出来たのだ。

絵を学びに行ったつもりだったが、どうやって人と向き合うかを学びとって帰ってきたとSHOGENは言う。

ちなみにSHOGEN自身、マラリアには3回かかった。病気で寝込んでいると、家の前に子供たちの行列ができたという。
そして一人ずつ、「SHOGEN今までありがとう」「SHOGENさようなら、大好き」等と言葉をかけていったのだ
子供たちもこうして、今日会うべき人を思い浮かべ、大切な人と向き合い生きているのだ。幸い、SHOGENは命は取り留めた。

子供は小さい大人

ある日、カンビリ先生宅の隣の家のザイちゃん(3歳)がお父さんに「お医者さんになりたい」とぽろっと言った。
そのままお父さんはザイちゃんを抱えて病院の院長先生の元に連れて行った。

父「院長、あなたはどんな想いでこの病院を建てたのか、どういう想いで患者と向き合っているのか、ザイに教えてやってくれ!」

おいマジか!(笑)とSHOGENは思ったが、そのまま院長はこんこんとザイちゃんに向かって話し出す。
話終わった後にSHOGENに向かって院長がことわざを教えてくれた。

院長「この村にはことわざがあって、子供は小さい大人だと思いなさい。分からないんじゃなくて、分かりやすく話さないから分からないだけなんだよ。」

子供の可能性をつぶさずに広げるっていうことはまさにこういうことか。
子供と真剣に向き合う大人を増やしたいなとSHOGENは考えるようになった。

また別の日、他の家の子供が「流れ星を捕まえたい」とお父さんに言って「よっしゃ、じゃぁ捕まえにいこう」と言って出かけて行った。
一時間後子供と帰ってきて「場所が違ったんかなぁ~?」と真顔で話しているのを見て、(あぁザイちゃんの家だけじゃない。)この村はみんなそうなんだ。子供の可能性にしっかり寄り添う姿を目の当たりにしたのだ。

今の日本は【何でも簡単に安く手に入ってすぐに捨てれる】100均文化だ。
ここに問題があるとSHOGENは考えている。

捨てる行為は人に対する愛情に通ずるものがある。
モノづくりが出来る子はモノに対しての愛が深い。
モノに対しての愛が深いってことは、ヒトに対しての愛が深くなるっていうこと。
その子が大人になり、やりたい事が見つかって挑戦した時に、失敗したり壁にぶつかるときがくる。
その時、愛をもってモノつくりしてきた子、ヒトに対して愛が深かった子には気にかけてくれる人が必ず出てくる。
助けてくれる人が出てくるというのがモノつくりのすばらしさ。

「だから、僕は決して派手で大きいものをつくりたいわけじゃなくて、愛をはぐくむ行為をつくる。いつかその子が挑戦して挫折した時、助けてくれる人が出てくること。それこそが自分の画家としての使命でありものつくりだと感じる。」とSHOGENは語る。

 

SHOGENの絵本はこちら

公式HP:http://www.nzu-risana.com/

Twitter:https://twitter.com/SHOGEN0329

Instgram:https://www.instagram.com/uedashogen/?hl=ja

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